バックナンバーへ
戻る
歌舞伎の舞台効果に重要な『幕』の数々。『引幕』『浅黄幕』『道具幕』『黒幕』『袖幕』『揚幕』・・・など。その中でも、それを見れば誰もが『歌舞伎』と連想出来るほど、歌舞伎のシンボルのようになっているのが、『定式幕』と呼ばれる引幕です。(幕を引く人が手動で左右に開け閉めするので、引幕といいます。)この定式幕は『狂言幕』ともいい、三色の縦縞のデザインですっかりお馴染みですね。
 
江戸時代、芝居小屋における引幕は、いわゆる『江戸三座』(中村座・市村座・森田座)と呼ばれる官許(幕府の許可)の芝居小屋だけに許されていた大変名誉なもので、それ以外の小芝居では、引幕の使用は許されませんでした。また、定式幕の三色の配列は各座(江戸三座)によって、異なっており、中村座は黒・白・柿、市村座は黒・萌黄・柿、森田座は黒・柿・萌黄の順序(左から)でした。
 
そもそも定式幕の起源は、中村座座元初世中村勘三郎が、幕府の御用船『安宅丸』の江戸入港の際、得意の木遣りで艪漕ぎの音頭とり、見事、巨船の艪の拍子を揃えた褒美に船覆いの幕(帆布ともいわれている)を拝領したものとされています。これが黒と白の配色だったようで、その後、黒・白・柿の中村座の定式幕となったと伝えられています。
 
本年三・四・五月に歌舞伎座で、十八代目中村勘三郎襲名披露興行が行われた際、この黒・白・柿、三色の配列の定式幕を使用していました。ご覧頂いたお客様も大勢いらっしゃると思いますが、定番のものとは違ったその配色は、とても新鮮に見えたことと思います。記憶に新しいですね。
現在、歌舞伎座の定式幕は、黒・柿・萌黄の森田座式を踏襲しています。これは、明治初頭から新時代の歌舞伎界をリードする立場になった辣腕の興行師、十二代目守田勘弥により、浅草猿若町から新富町(現在の歌舞伎座の近く)に移ってきた『森(守)田座』の狂言幕が、今日に伝わっているといいます。
江戸時代に開花した歌舞伎の伝統と美意識が、今も引継がれている歌舞伎座です。
参考図書 :服部幸雄著・歌舞伎のキーワード 後藤慶二著・日本劇場史河竹繁俊監修(早稲田大学演劇博物館)・演劇百科大事典 ets・・・

掲載情報の著作権は歌舞伎座に帰属しますので、無断転用を禁止します。
Copyright(C) 2005 株式会社歌舞伎座