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上:絵本番付/明治24年 歌舞伎座
左:清光寺 岡崎屋勘六の墓
歌舞伎の世界でおなじみの書体、看板や番付に使われている “かんていりゅう=勘亭流”をご紹介します。
この勘亭流は、安永8年(1779年・江戸時代中期)岡崎屋勘六(おかざきやかんろく:号・勘亭)が九代目中村勘三郎に依頼され、中村座、春の狂言の大名題「御贔屓年々曽我」の看板に筆を執ったことに始まるといわれています。
その独特の書風は、世に流行し、江戸歌舞伎の全盛期には、中村座・森田座・市村座といった江戸三座があった浅草の猿若町だけでなく、江戸中の劇場で勘亭流が用いられ、鳥居派の芝居絵とともに歌舞伎にはかかせないものとなりました。
“勘亭流”の書体には
文字を太くすることにより隙間をなくす(=客席に隙がないように)
文字に丸みをもたせ尖らせない(=興行の無事円満を祈る)
内側にハネル(=お客様を芝居小屋に招き入れる)
というように、「文字」という面から、観るものを歌舞伎の世界へと誘(いざな)ってくれる意味合いがあります。
浅草の清光寺には岡崎屋勘六のお墓があり、 墓石裏面には
『ありがたや 心の雲の晴れ渡り 只一筋に向かう極楽』
と、勘亭流で刻まれています。
(清光寺:台東区西浅草1−7−19/営団地下鉄 銀座線 田原町駅下車 徒歩30秒)
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