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 世界遺産“歌舞伎”は四百年の歴史を有しますが、劇場“歌舞伎座”は、その四分の一を越す歳月をその中に占め、時代と共に波乱の道を歩んできました。
初代の歌舞伎座
明治26年当時の内部観覧図

 初代の歌舞伎座は、一世紀以上も前の明治22年11月21日、現在の地で開場式を迎えました。

 外観は洋風、内部は日本風、舞台の間口は23.6m、客席数1824席の3階建て檜造りの大劇場でした。そして舞台には、すでに、ご存知“鳳凰丸”の水引幕が。
二代目の歌舞伎座
 二代目の歌舞伎座は、表掛りが純日本式桃山風の宮殿式に改築され、明治44年11月に五代目歌右衛門襲名披露興行で開場を迎えました。正面の車寄せは、“唐破風造り”の屋根に青銅で包まれた二本の大柱、また、正面玄関内部は格(ごう)の鏡天井、そして、観客席は総檜造りの高欄付きで、その天井は二重折上げの金張りの格天井と、まさしく豪華極まる劇場でしたが、大正10年に焼失してしまいました。
三代目の歌舞伎座
玄関唐破風上の鳳凰像

 三代目の歌舞伎座は、建設途中関東大震災に被災しつつも、大正13年12月新築落成しました。
 破風大屋根三棟と、ひときわ際立つ大きな唐破風の正面玄関、その先端で東西に羽根を広げた魔除けの鳳凰像(円内)が何とも凛々しく印象的です。奈良朝の典雅壮麗に桃山時代の豪宕絢爛(ごうとうけんらん)の様式を併せもつ耐震耐火の鉄骨鉄筋コンクリート造り、さらに、照明設備はアメリカとドイツから取り寄せ、内外とも日本一を誇る大劇場でしたが、惜しいことに昭和20年5月の東京大空襲で焼失しました。
四代目の歌舞伎座
三面鳳凰丸の飾り瓦(玄関唐破風上)
鳳凰丸の飾り金物(玄関唐破風中央)
 その後、歌舞伎座は昭和26年1月に三度目の復興を成し遂げます。これが、現在の四代目の歌舞伎座です。当時の写真をご覧下さい。空に浮かぶアドバルーンと路面電車の軌道や電線、玄関上の「ウェルカム・カブキザ」の看板が“戦後”を偲ばせます。玄関屋根端の鳳凰像は、三面鳳凰丸の飾り瓦に取って変わり、中央に高くそびえていた大屋根は惜しくも姿を消していますが、颯爽と威厳を誇っての復興でした。
 歴代の名建築家等による歴史的名建築は一世紀を経てもなお、格式と伝統、風格と優雅さを併せ持って、今も銀座の風景にすっかりと溶け込んでいます。
 ところで、一部の飾り金物や飾り瓦の鳳凰丸には、首に愛くるしい鈴が結ばれているのにお気づきでしょうか。誰が言ったか、言わずか、「鈴なりのお客様のご来場」というふうにも解釈できます。
 多くの名舞台と共に、鳳凰の如く、この未来
(さき)も永く語り継がれてゆく“歌舞伎の殿堂”歌舞伎座です。

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